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2011-10-02(Sun)

豊田正子の雑誌記事まとめ

高橋揆一郎著「えんぴつの花」で言及されてる豊田正子の関連記事をまとめてみた。

「綴方教室」の小学校(文藝、昭和13・1938年11月号)
窪川稻子という人が「綴方教室」の舞台となった本田小学校を尋ねたときの記事。当時はまだ大木先生も学校に勤めており、記者と会っている。当時の綴方の授業の様子がメインで、正子に関しては最後のほうに少しふれられてるだけ。

"綴方教室"の頃のこと(婦人朝日、昭和29・1954年4月)
豊田正子による手記。「綴方教室」が映画になったりした頃のことや、区会議員との事件などが書かれる。

汚されていた"綴方教室"(週刊新潮、昭和34・1959年7月27日号)
記事の冒頭部分を引用すると

天才少女の傑作と評された豊田正子の"綴方教室"には読者の知らない裏面があった。彼女の新作"芽ばえ"には恩師の欺瞞、母の不倫などが実名で描かれているのだが・・・・二十年目に書かれたこの小説を中心に彼女の半生を辿ってみた。



また、記事の副題を拾ってみると「"天才少女"の誕生」「大木先生の秘密を知る」「消えた印税の行方」「結婚と戦後の生活」「新しい人生の伴侶」「私はだれも恨まない」となっている。

『綴方教室』の私は死んだけれど(婦人公論、昭和34・1959年7月)
豊田正子による手記。病院の医療ミスで死にかけたことや、江馬修との関係、「芽ばえ」について。

豊田正子への公開状 汚されなかった綴方教室(別冊週刊サンケイ、昭和34・1959年10月)
大木先生の妻・大木みや子による手記。「ヒドいあなた」ではじまる週刊新潮の記事に対する反論。
副題を拾ってみると「十万部売れた"綴方教室"」「世間が知らない養子縁組」「入れ知恵で動いた父母」「お母さんと泣いて呼ぶ」「江馬修という男の出現」となっている。

手記 "綴方教室"と私の体験(若い女性、昭和34・1959年11月)
豊田正子による手記。副題「作品「芽ばえ」で書きたかったこと」

「綴方教室」その後の変転人生(婦人公論、昭和53・1978年10月)
豊田正子による手記。NHKの番組「私の自叙伝」に出演したときのこと、江馬修と別れたこと、小学校の友達と再会したこと、九州の劇団との出会いなど。
再会した友達と「小川宏ショー」に出演したときの写真が載っているが、二人とも似たような顔つきでどっちがどっちかわからない。

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