--------(--)

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
2011-09-16(Fri)

豊田正子の本まとめその3

萩の湯
萩の湯の煙突

豊田正子関連の本で一冊重要なものを見逃していた。
それが、高橋揆一郎著「えんぴつの花」(1989年8月30日文藝春秋発行)だ。
正子本人による著作ではないが、全体の半分以上が、豊田正子に関する内容となっている。(ちなみに、残りは画家の神田日勝に関する文章)

第3者から見た正子の様子がわかって、かなり興味深い内容だった。
正子の著作だけではわかりにくい、戦後の歩みもまとめられており参考になる。
印象に残ったのは「芽ばえ」に関する騒動。その内容が週刊誌などでスキャンダラスに報じられたとは初めて知った。私は「芽ばえ」を読む前に、すでにいろいろ(母の不倫や大木先生との確執など)ある程度知っていたのだが、よく考えれば出版当時には一般に知られてないことが書かれていたわけで、ほどんど暴露本のような扱いをうけたのか。大木未亡人の反論などもあった模様。いまだったら、ワイドショーのかっこうのねただな。

さて、中国旅行をきっかけにして正子と知り合った著者は二人で綴方教室の舞台となった四ツ木を訪ねる。昭和62年2月のことだ。正子の案内で懐かしい風景に感激する著者。綴方教室の舞台にひとつである銭湯・萩の湯がいまだ健在なことに驚く。しかし、街の様子はかなり変わってるようで、かつて住んでた三軒長屋はなかなか見つからない。やっとその場所を見つけるが、三軒長屋はすでになく木造モルタルのしゃれた白壁の二階家になっていた。(今ここに住んでる人は豊田正子のことを知ってるのだろうか?)ちなみに、その隣の家は昔のままだという。

実は私自身、数ヶ月前に四ツ木に行ったことがある。今風に言えば聖地巡礼ってやつだ。東向島駅で電車を降り豊田家が夜逃げしただろうルートを実際に歩いてみた。四ツ木橋ってほんとに長いな。かつての木造の橋とは少し位置が違うけど。四ツ木をうろうろしたけどさすがにかつての三軒長屋がどこにあったのかは、わからなかったが、萩の湯の建物は今も残ってた。しかし、すでに廃業しているらしく、いつ取り壊されてもおかしくない感じ。昔から比べるとかなり変わってるみたいだが、それでも結構古そうな建物も多くて下町の風情はなんとなく感じられて良かった。実際に付近を歩くことで作中の舞台の広さというか距離感も実感できたし。そのうち、もう一度いってみようと思う。

話を「えんぴつの花」に戻る。
四ツ木を訪れた正子と著者は柴又の帝釈天をお参りした後、うなぎ屋に入るが、ここで正子が衝撃発言!

「あたしねえ」と、ぽつりといった。
「どうやら、由五郎の子じゃないらしいのよ」
その瞬間、私はたぶん阿呆づらをしたにちがいない。



この発言にはさすがに驚いた。考えても見なかったことだが、よく考えればありそうな話だけに、真実味がある。正子はいつ、どのようにしてそのことを知ったのか?どうして、そう思ってるのか?結局、著者はあっけにとられたままつっこむこともなく、この発言の真意はいまいち不明のままなのが残念。

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

コメント

綴方教室

12月9日(日)午後1時より葛飾区立中央図書館で
「綴方教室」上映会が「豊田正子研究会」により
開催されますメンバーの講演もあります
新しい発見もあるかも知れません
是非お出掛けください。

情報ありがとうございます。時間があればぜひ行ってみたいです。
「豊田正子研究会」なるものがちゃんと存在していることが嬉しい。
プロフィール

ナカノ☆カナ

  • Author:ナカノ☆カナ
  • 関東在住のただのアニオタ(男)
最近の記事
最近のコメント
最近のトラックバック
月別アーカイブ
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

ブログ内検索
RSSフィード
カテゴリー
リンク
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。