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2010-12-28(Tue)

豊田正子の本まとめその2

『粘土のお面』以降に出版された本をまとめる。

『私の支那紀行 清郷を往く』、文体社、1943年(昭和18年)8月20日発行
口絵に現地(南京鶏鳴寺にて)で取った写真あり。
最初のほうだけ、ちょっと読んでみたが、なんだか硬いな~。
あとがきがあるが、とても短い。

『思ひ出の大木先生』、大成出版、1945年(昭和20年)8月10日発行
著者が本田小学校に転校して大木先生に出会ってらかの思い出話です。
『綴方教室』が大木先生側からの思いで語りとするなら、この『思ひ出の大木先生』は豊田正子側からの思いで語りですね。つまり『綴方教室』を補完するような内容だ。
この本の内容の多くは後に出版される『はだしの子』にも収録されているが、『はだしの子』には収録されてないエピソードも多い。たとえば、大木先生が急性肺炎でしばらく学校を休んだ話とか彩色工場がつぶれた後「つまみ屋」で働いたことなど。6年になって渋江小に転校してからの作「たぬきせんべいや」がちょこっと紹介されている。
最後は、『綴方教室』が出版されたところで続編に続く。
あとがきあり。

『続 思ひ出の大木先生』、柏書店、1946年(昭和21年)9月30日発行
巻頭に森田草平による「大木顕一郎君と私」と題する文章あり。あとがきは、特になし。
話は『綴方教室』が評判になって舞台化されたころから始まる。このころ正子は先生のうちから工場に通っているようだ。
私は『芽ばえ』を先に読んでからこの本を読んだのだけど、大木夫妻に対する態度が正反対なのに驚く。同一人物が書いているのに、ここまで違うものか?この本では大木夫妻に対する疑念などはいっさい書かれていない。お金に関するエピソードでは、区会議員の河内という人が出てきて『綴方教室』でもうけた金を正子の両親に渡すべきだと大木先生にせまるのだが、どうも河内が両親をそそのかしてもうけようとたくらむ悪者のように書かれている。一方、大木先生は今経済観念のない両親に渡したところで無駄遣いするだろうと、正子のために貯金しているという。正子は河内の事件を「おせっかい」問題と評し、「おせっかい」という作品を書く。(このとき書いた「おせっかい」がどこかで発表されたかは不明。あるいはこの本の第5章「先生と私と『世間の人』」がそうなのかもしれないが)
この本の主な内容は結核を患った大木先生の闘病生活の話なのだが、途中「おせっかい」もんだいがあったり、正子が先生の養子になったり中国にいったりする事件が起こる。(母ちゃんの不倫騒動もこのころだろうが、まったくふれられていない)
先生は闘病中、入院したり転地療養したりして何度も引っ越すことになるが、最後は船橋で最後を迎える。正子はその間、先生の妻といっしょに懸命に看病する。最後まで、先生のことを信頼しきっている様子だ。
それにしても、もしこのとき先生がなくならず長生きしていれば、その後の正子の人生はまったく違ったものになったんじゃないかと、いろいろ想像してしまう。

『はだしの子』、ヒマワリ社、1950年(昭和25年)2月15日発行
装丁が中原淳一なんだけど、豊田正子に中原淳一のおしゃれな絵は合わないんじゃないか?と言うのは失礼かな?もっとも、挿絵などは特になく中原淳一の絵があるのは表紙と中表紙くらいなのだが。
内容は、『思ひ出の大木先生』を大幅に加筆修正したような感じですね。『思ひ出の大木先生』と大きく違うのは、当時の綴方をすべて収録してること。それぞれの綴方の前後にそれが書かれたころの状況が説明されてるような構成になっているのでわかりやすい。
また『思ひ出の大木先生』にない要素としては、冒頭に本田小に転校してくる以前の話が小学一年の入学式から時系列に沿って語られている点。転校の多かった正子の転校歴がよくわかる。
最後は、大木先生の家で働きながら「火事」を書いているところで終わる。
後、途中から章題と内容が一つずつずれてるのが気になった。
あとがきあり。

『芽ばえ』、理論社、1959年(昭和34年)7月発行
これは、かつて角川文庫版『綴方教室』に掲載された「悲しき記録」のリメイクである。母の不倫をあつかった話です。元は短編としてかかれた作品を長編小説として書き直しているため大幅な加筆修正がある。
今回のリメイクで新たに増えた要素で見逃せないのは大木先生に対する不信感でしょうか。今までは何か変だなと思うことが合っても、先生はいつも正しい、間違ったことをするはずがないと思い込んで納得していましたが、その不信感はどんどん強くなっていきます。
また、『綴方教室』が演劇や映画になって世間で評判になってしまった自分と女工としての貧乏なままの自分とのギャップ。その違和感に対する悲痛な叫びが読んでて胸に突き刺さるようでした。
この本を読む前に『おゆき』を先に読んでいたのだが、『おゆき』には『綴方教室』や大木先生に関する描写がまったくなかったのに疑問を持っていた。ひょっとしたら、そのことに関してはこの『芽ばえ』に十分書きつくしたので、あえて省略したのかもしれない。

『傷ついたハト』(リロン・らいぶらりい)、理論社、1960年(昭和35年)1月発行
中編の「さえぎられた光」と短編の「平和投票」「傷ついたハト」「元日のできごと」を収録。著者による、あとがきあり。
「さえぎられた光」については木鶏社版の方に書いたので省略。
「平和投票」(1950年8月作):正子が「近所に住んでいる雑誌記者山田健作」といっしょに原爆反対の署名運動をする話。
「傷ついたハト」:正子が庭で片足を怪我してるハトを見つけて看病する話。最後はハトが元気になって飛んでいく。
正子の家の庭は二百坪らしい。中国語を勉強してるらしい。正子の相談相手となる「家の者」って誰だろう?
「元日のできごと」:正子が近所の子供?のけんかを仲裁する話。当時、正子の家は立川にあるアメリカの大空軍基地の近くにあるので、騒音がすごいらしい。登場する子供は、日本人の女の子と黒人とハーフらしい女の子。その二人をいじめる男の子。最終的には、高級車に乗って土煙を巻き上げながら運転してるアメリカ人が共通に敵になって、3人とも仲直りする。

『綴方のふるさと 書くこと生きること』、理論社、1963年(昭和38年)3月発行
まえがきあり。本編中には『綴方教室』の演劇や映画の写真がたくさん掲載されていて資料性が高い。内容は『綴方教室』を書いていた当時の思い出を振り返って書いたもの。
実はまだちゃんと読んでない。

『おゆき』第1部、理論社、1964年(昭和39年)7月発行
『おゆき』第2部、理論社、1964年(昭和39年)7月発行

第1部は第1~36章まで収録
第2部は第37~61章まで収録。巻末には小宮山量平による解説あり。

『おゆき』、木鶏社(発売は星雲社)、1991年11月7日発行
巻末には著者によるあとがきと高橋揆一郎による解説あり。
著者の母おゆきを主人公にした大長編小説であります。あとがきに書かれているとおり、小説の中で書かれてる事件はすべて事実を基にしたものらしい。登場人物の名前は、おゆき以外は実在の人物とは変更されている。豊田正子は秋葉信子に。
一読して思ったのは、おゆきを主人公とした小説というよりおゆきを中心にした秋葉(豊田)一家の小説という感じ。特に、信子が成長してからは彼女の描写がどんどん増えてくる。戦後の彼女の生活が想像以上に波乱万丈で楽しい。
弟二人の死ぬ順番が違うなど微妙に現実と異なる。
大木先生の描写がまったくなかったのが気になる。戦前の映画や演劇についてもスルーされてる。
かわりに戦後、入院中に出会った労働者党の山野が信子の師匠的な役で登場し、同棲するようになる。
母ちゃんの死で終わるのがもったいない。主人公が亡くなったので終わるのは仕方がないが、もうちょっと秋葉一家のその後も知りたかった。とくに、体を悪くしてる父ちゃんや、結婚が延期されてる弟のその後がどうなったのが不明なままなので気持ちが悪い。

『プロレタリア文化大革命の新中国紀行 第1部 不滅の延安』、五同産業出版部、1967年
未確認

『花の別れ 田村秋子とわたし』、未来社、1985年(昭和60年)7月25日発行
口絵には田村さんと豊田さんの写真があり。
「まえがき」と「あとがき」あり。
田村秋子というのは新劇の女優さん。私はこの本を読むまでまったく知りませんでした。この本は、田村さんの最晩年が書かれる。それは著者の豊田正子が田村さんと出会ってから(正確には再会)、田村さんがなくなるまでの約2年間の話である。
最初のほうでは田村さんとの出会いのきっかけを語る際に、今まで一緒に暮らしていた夫が愛人を作って家を出る話が語られる。
ひょんなきっかけで出会った二人だが、すぐに仲良くなる。波長が合うのかな?田村さんが寝たきりになってからも、実の娘以上に親身に看病する正子が印象的。
人の死に立ち会うというのは悲しいものですが、好きな人(正子)に看取られていった田村さんをちょっとうらやましく思った入りする。

『さえぎられた光』、木鶏社(発売は星雲社)、1992年(平成4年)8月3日発行
『傷ついたハト』に収録されていた「さえぎられた光」のみを取り出して一冊の本にしたもの。戦争中、亡くなる弟二人の話です。二人とも『綴方教室』などにちょこちょこ登場してるおなじみの人物でそれなりに親近感もあるだけに、涙なしでは読めません。

『生かされた命 リハビリを受けながら』、岩波書店、1996年(平成8年)10月18日発行
脳梗塞で倒れた著者が病院でリハビリを受けながら綴った作品。おばあちゃんになっても、豊田正子はやっぱり豊田正子だな~と思った。
夢の中に母ちゃんや父ちゃんが出てきて、正子を励ます場面ではちょっと泣いてしまった。
巻末にあとがきあり。

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